日本は崩壊してこそ真実に目覚める

日本という国のトラウマとは

 人と同じように、国も全く同じことがいえます。

 つまり、国ごとにそれぞれトラウマがあるのです。

 日本のトラウマとは何でしょうか。それは、かつて太平洋戦争で連合国に無条件降伏をして敗戦国となり、アメリカの占領政策に従うところとなり、憲法に戦争放棄を明文化して軍隊をもたない国になったということです。この際、自衛隊が軍隊かどうか、日本人は特別な思いを心の中に抱えているということはさておいて、憲法上二度と戦争はしないという固い誓いをもって現在に至っています。

 憲法の改正問題にしても、日本以外で憲法を改正していない国は世界広しといえどもほとんどないという状況で、日本だけはかたくなに改正をしてきませんでした。改正の是非はともかく、戦争に負けたという国としてのトラウマがそうさせているのです。

 日本のトラウマは戦争アレルギーからきています。敗戦までの日本は、かつて鎌倉時代に蒙古の来襲があったにせよ、その後太平洋戦争に至るまで、国として外国から侵攻、侵略を受けるということはただの一度もなかったのです。

 敗戦を機に軍隊をもたないと決めたのも、軍隊をもつことは即ち、再び他国に攻め入る、かつての侵略と同じことを意味したからです。軍隊をもたなければ、他国に侵攻したり侵略することもできないし、また侵略も受けないだろうという思いからです。

 やがて、北朝鮮による日本人拉致事件によって、日本人ははじめて、平時にも外国から侵略を受けるということを知りましたが……。

 かつての蒙古の来襲は、日本への侵略ではないかという指摘もあるでしょうが、結局、日本にとっては神風という偶然のめぐり合わせによって、蒙古軍は日本への侵攻をあきらめました。だから日本としてはトラウマにならなかったのです。

 しかし、それがうぬぼれになりました。明治維新を経て、日清戦争、日露戦争、さらに第一次大戦に勝利して、うぬぼれはいよいよ昂じ、太平洋戦争という、最大の強国アメリカとまともに戦ってもまず勝ち目はないという当時の状況下でも、「いや、日本は未だかつて戦争に負けたことはない。それに日本には神風が吹くから絶対に負けない」という強烈な思い込みもあって、あの戦争に突き進んだのです。

 そして、敗色濃い終戦直前になると、軍部は「全国民玉砕!」を叫んで本土決戦に備え、たとえアメリカ軍と一対一の竹槍戦になってでも戦いぬき、戦争をつづけようとしたのです。冷静に客観的に彼我の戦力を比較すれば、日本が勝つ確率は限りなくゼロに近かったにもかかわらず、全国民が戦争に勝つと信じていたところがあります。

 「神国日本」をうたい、大和民族として血をひとつにした単一民族日本には、一朝ことがあれば冷静な思考を失い、全国民が極端な方向に流されていく特質があります。それが「日本は戦争に負けない」という強固なうぬぼれともなったのです。

 うぬぼれはトラウマとは違いますが、日本には両極端に振れる性格があります。いわば両極端の性格をもった人間ととらえることもできます。正確には専門用語でいうトラウマとは違うでしょう。しかし、私はこれも広義のトラウマととらえています。

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