日本は崩壊してこそ真実に目覚める

国家もひとりの人間ととらえることができる

 私はいまという時代を常にひとりの人間におきかえてとらえます。

 時代もひとりの人間と見ることができます。

 基本的には、時代も、集団も、国家も、いつでもひとりの人間としてとらえます。

 たとえば、日本人というひとりの人間がいるというとらえ方があります。それから地球人類というひとりの人間がいるというとらえ方もできます。

 個であれ、集団であれ、私は常にひとりの人間というとらえ方をします。

 日本とは、一億二千万人が集まった、ひとりの人間なのです。アメリカなら二億八千万人というひとりの人間、中国なら十二億人というひとりの人間、いわば国という存在がひとりの人間というとらえ方になります。

 会社もそうです。会社とは法人というように、ひとりの人間ともみなされるのです。

そういう集団としての意識は、集合的無意識というように、集合されたひとつの心をあらわします。

 流行も同じです。ひと頃、女子高生たちに白いルーズソックスが流行しましたが、あれも彼女たちの意識がひとつの心となってあらわれたと見ることができます。

 そのように、ひとつの集団としての心が、どこに向いているのかというとらえ方があります。私はこれをもっと大きくとらえて、日本人全体の心がどこを向いているのかというとらえ方をします。

 具体的な例でいいましょう。

 イラク戦争で、仮りにアメリカがイラクを攻撃することに賛成が八○パーセント、反対が二○パーセントというアメリカ国民の世論調査の結果があるとしましょう。このことは、ひとりの人間の心の内にも同じようなことがあります。

 つまり、同じ人間の中にも賛成八○パーセント、反対二○パーセントの心があるということです。だから人間は迷うのです。その比率によってどちらがいいかと……。

 もし、賛成、反対どちらか百パーセントであれば、迷わないはずです。自分の中に賛成の心もあり、反対の心もあるから人間は迷うのです。

 それは国家にもいえます。政府が何かやれば必ず賛成と反対が出ます。その理由もいろいろあります。

 ひとつは利益になるかどうかという視点があります。いわばメリットです。

 もうひとつは、恐怖、いわばリスクです。

 ものごとを判断するときには、人間は常にこのふたつの視点で判断しています。

 このメリットとリスクの判断の比率は、時代とともに変わります。そうして、比率の多い方に全体の判断は傾いていきます。

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佐藤康行公式ブログ「日本人が世界を救う。」
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