日本は崩壊してこそ真実に目覚める

明治維新で二度目、先の敗戦で三度目のカルマが消えた

 次にやってきたのは明治維新です。

 薩長連合を契機に坂本龍馬や桂小五郎、西郷隆盛など、維新の志士たちが中心になって徳川幕府を倒し、明治新政府を樹立して、幕府が守り通してきた二百七十年余りの鎖国政策をやめ、世界に向けて門戸を開いたのです。

 こうして、江戸時代の自給自足経済が崩れて、明治維新によって世界と交易する新しい日本が生まれました。このとき、日本は二度目の脱皮をはたし、再び新しく生まれ変わったのです。

 このように、日本最初の脱皮は、自らの力によってなしとげましたが、二度目の脱皮は、半ば外圧に屈した形で、なしとげざるをえませんでした。アメリカのペリー提督が率いる黒船の来航によって、強圧的ともいえる砲艦外交の脅しに屈した形での脱皮でした。

 二百七十年余りつづいた徳川幕府は、この外圧に対処する力がなく、日本を欧米列強の植民地にしてはならないという、日本に新時代にふさわしい維新をもたらそうとする若い志士たちによって明治維新がなしとげられました。いってみれば、外圧と内圧、両方のエネルギーがうまく作用して、日本は見事に脱皮したのです。

 開国し、明治時代となって、日本は他国とつきあうことに自信をもちはじめました。その自信が今度は外国との間で戦争を起こすという事態になりました。

 日清戦争、日露戦争、そして第一次世界大戦、第二次世界大戦という新たな戦争の歴史のはじまりです。

 日本のような資源に乏しい小さな島国が、広大な領土と人口をもつ清国(今の中国)やロシアを打ち破り、大いなる自信をつけました。やがて第一次世界大戦では、戦勝国である連合国の一員として、軍事力にますます自信をつけていきました。

 そして、満州事変に端を発して、真珠湾攻撃による第二次世界大戦がはじまり、終局、日本は広島、長崎に原爆を落とされ、完膚なきまでに敗れて、無条件降伏をするに至ったのです。

 このときの日本はアメリカ、中国、ロシア、イギリスなどに領土を四分割される寸前までいったのです。日本国そのものの存立が危ぶまれ、国として消滅する危機にさらされ、まさに瀬戸際の事態でした。

 無条件降伏ということは、何をされても構わない、一切口出ししませんということです。当然天皇が処刑されても、誰も文句がいえない状況でした。日本が他国の植民地にさせられても、異議申し立ても何も一切通用しなかったのです。

 幸いアメリカや、中国(当時の中華民国)を率いていた蒋介石(当事総統)などの主導で国家の分割といった非常事態だけは免れました。やがて敗戦国として、アメリカ軍の爆撃で焼け野原となった国土の再建がはじまりました。

 このときに戦争のカルマが完全に落ちたのです。そう、三度目の脱皮をして、日本は三たび生まれ変わりました。米英などに完膚なきまでに叩きのめされたことがきっかけで、日本は新しく生まれ変わったのです。

 戦争中は鬼畜米英といって、アメリカ、イギリスこそ鬼畜生だといっていたのがアメリカ様々と、もっとも日本国の頼りになる兄貴分となったのです。

 特筆すべきことは、あれだけ敵国として目の敵にしていたアメリカに対して、敗戦を期に日本人は一挙に親米的な国民になったことです。

 三百万人を超える戦争の犠牲者を出した日本でした。最大の敵国であるアメリカを憎み恨んでも何ら不思議ではなかったのですが、日本人はそうしませんでした。

 アメリカ側にいかなる理由があろうと、無辜の市民、いわば全くの無防備の広島、長崎の市民を大量殺戮する原子爆弾を落とされたにもかかわらず、日本人はアメリカ占領軍の進駐を受け入れ、歓迎さえしたのです。

 ここに日本人の特質があります。一朝ことがあると一気に国全体が同じ方向に流れていくという特質です。このことは、これから本書でのべる脱皮上手な日本人の特質とも大いに関係しています。

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