日本は崩壊してこそ真実に目覚める

あいまいさで世界に貢献している日本人  

 今回のイラク戦争に見られる草の根の市民運動による、世界各地での反戦平和運動は、少しずつでも人類の意識が次元上昇している兆候と、私はとらえています。

 ものごとをはじめるのに、恐怖から判断する度合いよりも、愛から判断する度合いが多くなってくることを、私は、意識の次元上昇ととらえます。

 ならばフランスやドイツはイラク戦争で愛の判断をしているかというと、私にはそうは思えません。要するに、アメリカのように経済的に多大なメリットもなく、リスクも少ないから、あのような判断をしやすいともいえます。

 一方で日本のマスコミは、日本政府の対応や方針を「日本はあいまいすぎる。何の考えも哲学もなくアメリカに盲従するしか能がない国だ」と厳しく批判しています。

 私はそうは思いません。

「日本はこれでいい」と私は思っています。「どっちつかずでいい」のです。

 軍事力をふりまわすことも、経済上の利権を追求することもできない日本でいいのです。

 そうではなく、日本の生き方は基本的に、世界の国の中で「愛による判断の度合いが高い国」になるようにすべきなのです。

 日本も、かつてはイラクや北朝鮮のような軍事力を誇示し、各地で覇権を競い、英米などから兵糧攻めにあったこともありました。それは国家としての恐怖でした。そこから真珠湾攻撃による日米開戦へと突き進んでいきました。恐怖心が強くなると、つまり恐怖感がどんどん増すと、人間はえてしてとんでもない行動に走ります。

 いまの日本はそのような環境には全くありません。そのような環境になければ、恐怖にかられた判断をする必要はないのです。

 子供が学校でいじめにあうと、いじめられた子はそういう環境、いわば相手に対して刃向かうか、逃げるか、学校を移りたいと思うなど、いろいろな判断をします。逃げたままでいれば、家庭内でのひきこもりになるかもしれません。

 ものごとには常に原因と結果、因と果の関係があります。それを生み出すのは環境、社会環境です。日本人は時代の節目に判断のスイッチを大きく変えました。戦前は武力、軍事力で経済的に豊かになろうとしたのです。

 それが敗戦によって、平和的な経済繁栄を目指すべく、スッパリとスイッチを切り換えたのです。軍事力ではなく、新しい経済力で国を豊かにしようと懸命の努力をして、世界第二の経済大国になりました。

 戦前の日本には良い製品、優れた製品を作って世界中に進出しようという発想はほとんどありませんでした。あくまで武力による海外進出によって国を豊かにしようという発想でしたが、先の敗戦によってスイッチを百八十度切り換えました。いい商品を作って世界へ出ていくことにしたのです。そこには昔のようなリスクはないし、他国からいじめられることもありません。

 かつての軍事力による覇権争いのような、他国からの反発もほとんどありません。

 武力による国家間の戦争は、相手の国民や民族を征服し、屈服させ、経済的支配下において戦勝国がさまざまな利益をうるというものですが、日本は敗戦によって、このような生き方を全面的に否定せざるをえませんでした。

 あくまでも平和的交渉で自国が発展する道、それは経済的な活動によって利益をうる道しかないという生き方を選択したのです。いや、それしか選択の道はなかったのですが、その、追い込まれたがゆえの思い切った脱皮こそが日本を救ったのです。

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佐藤康行公式ブログ「日本人が世界を救う。」
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