経済大国を脱皮して、知識から意識の時代へ

生物の最高位の意識は愛でできている

  人間はアイデンティティ(自分のよって立つ基盤)の確立と、自己防衛によって生きることができるといわれます。
  私は、これを「愛」と「恐怖」によって人間は成り立つととらえています。

 たとえば自己実現こそ、人間の最高位の生き方だととらえる向きもありますが、それでは矛盾が起きます。
  ガンにかかった人が自己実現したら、どうでしょう。ますますガンの進行が早くなりませんか。ガン自身はたしかに自己実現をはたしてはいます。
  でも、どこかおかしくありませんか。ガン自身が自分の存在をなくすことが自己実現ならいいのですが、そうではないですね。人間がこの世からいなくなることが最高の自己実現だとは、私たちはいわないはずです。人間が地球からいなくなればよいとは、誰もいっていません。
  心理学者のアブラハム・マズローが唱えた人間の生き方の最高位は自己実現ですが、自己実現を一番にするのはよくないのです。先ほどのガンの進行と同じです。

 それよりも、人間の生き方の最高位は愛というとらえ方をしたらどうでしょう。愛というのは人間だけではありません。あらゆる生命体が愛そのものなのです。
  さらに愛というのは、もっとも高度なものにできるし、原始的なものも愛の存在でとらえることができます。寄生虫だって子供を生んで育てようとします。これも愛の一種です。動物が天敵の恐怖から子供や身内、仲間を守るのも愛の一種です。

 生命体そのものは、すべて愛でできているというのが私の考えです。となれば人間のアイデンティティの確立や、自己実現を一番にしてはいけないのです。すべての生命体を「全体はひとつ」としてとらえることこそ、人間という存在として謙虚になるということです。
  自己実現が一番だとしたら、人間が一番偉いとなってしまいます。そういうとらえ方は、過去のさまざまな文献類を渉猟した末に、全体をそつなく論理的にまとめたような、一見科学的に見える論文的にまとまった結論にしかすぎません。

 この点が左脳で考える人間の知恵と、私がのべる宇宙意識の違いです。左脳的に考えると、さまざまな文献を調べて、あちこちの考えをよせ集めた結果になりがちです。いろいろな考えの影響を受けた分、矛盾が出てきます。いいとこどりをすると全体としては矛盾するのです。

 たしかに、これまでの人類文明の発展は、科学の発展と密接不可分の関係にありました。欧米文明は、科学の発展そのものといってもいいでしょう。
  欧米文明は論理思考の文明ともいわれますが、そのとおりです。道具の域を出ていなかった職人的手工業社会を、機械の発明によって産業革命を起こし、大量生産、大量消費の今日の文明社会を築き上げたのですから。

 左脳による論理思考は細分化思考でもありますが、文明がいきづまりを見せているこれから必要なのは、右脳思考による巨視的宇宙的なものごとのとらえ方なのです。

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