経済大国を脱皮して、知識から意識の時代へ

必要なら荒療治でも一気に治すべき病気がある

 日本がたとえ崩壊しようと、日本人が魂を失うことはありません。
  むしろ崩壊してこそ、日本人として次の学びがあって魂に磨きがかかるということを私はいいたいのです。
  包丁は砥石があって光ります。包丁を空中で磨いても光りません。同じように、人間も砥石とこすり合う摩擦や苦しみがあって、魂に磨きがかかるのです。

 小泉純一郎氏の構造改革も、国民は痛みに耐えてもなしとげることが必要だと本能的に察知し、共感しているから支持しているのです。「自民党をぶっ壊してでもやる」といったあの当初の勢いを本気で持続させていたら、日本はとうに新生日本に脱皮できていたかもしれません。
  生き残るための大手術が必要ならば、本人がどう暴れようが首根っこをおさえつけてでも断固手術を行うべきです。その強引さこそ国民は望んでいるのです。
  極端な話、一千万人や二千万人の失業者が出ても、断固として大改革の手術をしたら、国民は支持したでしょう。手術後に元気に、健康体になった姿を想定できたら、多少の痛みぐらい耐え抜く力をもっているのが日本国民の底力というものです。
  しかし、急性の病気を治そうとしながら、時間ばかりがずるずる長引くうちに慢性病になってしまったのです。本来ならば緊急な大手術が必要でした。救急車で運ばれてきたら間髪をおかず切開手術をして、抜本治療を施すのがベストでした。
  そのことを国民は本能的に理解しているのです。私が提唱していることも、本音ではきっとわかってくれるでしょう。

 原爆投下によって、日本は一挙にそれまでのやり方を換えたのです。いや、強引に変えさせられました。石原慎太郎氏のような、タカ派的で挑発的な言動に対して、世間一般は、結局容認せざるを得ないのも、都民や国民はじつは心の底で望んでいるからです。いまこそ、氏の強引な政治手腕が必要とみんなが思っているからです。
  そしてまた、石原氏が私心を捨てる覚悟で、政治に当たっていると国民が敏感に感じとっているからでしょう。

 

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