経済大国を脱皮して、知識から意識の時代へ

大恐怖はきてもいい、その先が大事

いまこそ、大胆さが必要です。
大恐慌がくるといいますが、きてもいいのです。

くるものはきます。きたらその先のことを考えればいいのです。

大恐慌がくる、くるとただ恐ろしがるだけで、何の意味があるでしょう。きたらその先、そのあとのことを考えればいいだけのことです。

 ホームレスになっていいのです。なったらその先を考えればいいだけのことです。ホームレスになりたくない、いまのままでいたいという執着心が問題なのです。いたずらに怖がるより、一度ホームレスになってみたらいいのです。手放れよくやるのです。私自身、人生で三度の脱皮を経験していますが手放れよくやってきました。

 本書は、いわば私の生き方そのものです。私は惨めな思い、寂しい思い、空しい思いなど数え切れない経験をしました。だから明解にスパッ、スパッと答えられます。
  私は、かつては七十店舗を擁するまでに育て上げた業績のいいレストランチェーンの創業オーナーでした。その創業社長の座を、自らの意思で手放しました。
  それというのも、レストランの経営に力を入れれば入れるほど、 得体の知れない力が立ちはだかって、「違うだろ、お前のやることはそっちじゃない。こっちの道をいけ!」という声が聞こえてくるのです。もう死んでもおかしくない闇の中に一人放り込まれて苦しみつづけ、ようやく光明を見出しました。それが店を手放すことでした。
  私といっしょに社を出たいという社員を思いとどまらせるのは大変でした。それでも、何としてでも自分ひとりで脱皮をするんだと決めて、新しい経営者にすべてを譲り、たったひとりで会社をあとにしました。

 それはホームレスにいつなってもいい状態でした。自分が創り上げた会社を手放し、たったひとりで心の教室、心の塾をゼロからはじめたのです。
  まさに苦悶の末の脱皮でした。私には、ここで脱皮が必要だとわかっていたので自ら進んで脱皮したのです。それというのも、私の心の深いところでは、そうすることに対する誰にもいえない強い自信のようなものがあったからでした。

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