日本崩壊こそ、天によるリストラ断行である

高い地点から見るほど考える次元は高くなる

 かくいう私自身の生き方は、脱皮の連続でした。
  無一文で社員食堂の皿洗いからはじめて、セールスマンで実績を残し、資金をためてレストランチェーンを創業、やがて七十店舗まで擁する会社にしましたが、現在の真我開発講座に専念すべく、一切合切のすべてを人に譲り、まったくのゼロから講座をスタートさせました。
  それまでのパートを含めて二千人の従業員を擁する創業社長の座、そのほかすべてを人に譲りました。そうして、たったひとりの佐藤義塾からはじめ直したのです。
  世間の常識から見れば大損害です。でも、そのような決断というものはあるのです。だから大きなとらえ方をしなければ、目先での大損害となる決断はできません。

 上空から我が家の敷地や土地の広さを見て、何だこのくらいのことなら隣りの人に譲ってよいと判断ができるのと同じです。それが平面上から隣地との境界線争いだけにこだわっていたら、一センチでも退くのは嫌だということになります。
  大きく見れば、また全体から見ればまだまだ余地はいくらでもあるのに、目の前だけを見ている限り一センチでも譲りたくないという気持ちになりがちです。本来大きくとらえれば、もともとないに等しい土地です。それにこだわっている人がいたら「どうぞ、あげますよ」といえるのです。

 大きく、広く、高く全体をとらえることができれば、判断の基準は常識を超えて何らおかしくないのです。もともとないに等しいのだから、人にあげても何ら惜しくはないのです。大胆になれるのです。大胆そのものの発想に立てるのです。
  大胆になれないのは、目の前のこと、目先のことにあなたがしがみついているからです。しがみつきをやめるのは、内部からの崩壊によってそのものがなくなるか、外部からの働きかけによってなくなるかのどちらかです。
  明治維新は外部からの圧力をきっかけに、若い志士たちによる内部からの崩壊エネルギーとがうまく噛み合ってなされました。
  第二次大戦の敗戦は、外部からの崩壊エネルギーによってなされました。

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佐藤康行公式ブログ「日本人が世界を救う。」
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