脱皮の達人・日本は崩壊して生まれ変われる

意識の高い人間が富者になっていく

 経済が成り立たないと、人間は食べていけないといいますが、たとえば泥棒をして食べていく人と、人の役に立って食べていく人がいます。しかし、経済が成り立たないと食べていけないというとらえ方は、泥棒をやらないと食べていけないという考え方になってしまいます。

 泥棒も正直者も、どちらも食べていることに変わりはないというのが意識の世界なのです。要は、どういう意識でものごとをやるか、いわばどのように凧の糸を操るかということです。それが意識の主体性をもつということです。

 よく人のお役に立たないとお金がもらえず、食べていけないのではないかといいますが、そんなことはありません。人を欺してでも金儲けをして食べている人は沢山います。いや、詐欺師的な金儲けをして食べている人は、いままで多いのです。
  ずる賢い人間がいかに金持ちになっているか、思い当たることは多いはずです。むしろ、こちらのほうが多いともいえなくもありません。
  過去、人を騙して金儲けをしてきたような詐欺的商法は、じつは、人のお役に立つためといって、多くの人から大金を集めてきたのじゃありませんか。
「私は世のため人のため、世界平和のためにやっているんです」
  といういい方はヤクザでさえ堂々と言うくらいです。任侠や仁義という言葉は、そのための素晴らしい言葉なんです。
  仁義とは弱きを助け、強きをくじくという孔子から出た素晴らしい言葉ですが、いまやヤクザの世界で巧みに取り入れられてしまいました。

 いまの社会はずる賢い人間が豊かになっている世界です。人の役に立つためにといって、ひと山当てようと金儲けを企てている人間は、私にいわせればずる賢い人間です。たしかに当たりもするでしょうが、やる前に、はたしてそれは地球のために当たることがいいのか、人類のために当たることがいいのかとは考えないでしょう。

 日本経済がここまでなったのも、ある意味ではずる賢い部分があったといえなくもありません。だからこそ、意識を変えていかなければいけないのです。
  それは、ずる賢いというとらえ方よりも、ものごとを部分的にしか見ていないというとらえ方です。そうして我欲による金儲けに走るとバブルとなります。当然の結果としてバブルははじけたのです。
  バブルがはじけたというのは、神の裁きでもあるのです。

 資本主義というシステムは、お金をもっている人間こそすべてだという社会体制です。金持ちこそ勝者であり、正義だとみなします。
  私はそれが問題だといいたいのです。
  金銭至上主義は、人間の欲望をむきだしにした競争を是とします。「人間は平等だ」とは建て前であって、金銭次第でさまざまな考えがねじ曲げられています。
  命よりも金銭の方が優先される社会は、決して住みよい社会ではありません。

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