医療・教育・宗教はいままでの正反対になる

「知識の教育」より「生まれてきた意味を問う教育」を

  しかし、現実はどうでしょう。
  それらの知識によってえた文明と科学は、地球環境を破壊しつづけて、人類の生存さえ危ぶまれるほどの状況になっていることは、周知のとおりです。
  知識偏重社会の延長線上に、人類の明るい未来はあるのでしょうか。

 私は、このままいけば、やがて人類は地球に住めなくなるところまで行かざるをえないと危惧しています。それは、人間が頭で考える世界の限界でもあるのです。見えるものしか信じない物質万能主義は行きづまるところまできているのです。

 それでは、もうひとつの時代である「生命の働きや、各人の個性をアウトプットする時代」とは、どういうことでしょうか。
  ひとことでいえば、人間ひとりひとりが自分の役割を知ること、つまりは、「自分は一体何なのか、何のために生まれて、何をやることが使命なのか」を知ること、目覚めることにあるのです。

 人は皆、万人が万人、かけがえのない個性をもって生まれてきています。指紋にふたつと同じものがないように、人はひとりひとりが生きる個性をもって生まれてきているのです。個性とは、性格といってもいいでしょう。

 人それぞれがもって生まれた個性や、性格に合ったものに目覚めて、それらを十分に生かすように生きていくことが大事なのです。いわば、本当の自分を知り、自分が生まれてきた役割や使命に目覚めて、人生をまっとうするように仕向けることにこそ、意識の時代の教育があるのです。

 その意味でも、意識の時代の教育は従来のあり方とは根本的に違ってくるでしょう。そこでの意識時代の教育の基本は、
・人と比べない。
・人間の個性、持ち味をどれだけ生かしているかが当人を見るうえでのポイ ントになる。
・いかにその人らしく、つまり、人それぞれ自分らしく生きているかが大事。
  などがポイントになります。それはまさしくアウトプット中心で、内から外に向かって心を開く、個性を出す、特性を磨くという時代なのです。

 すべての人間は大宇宙の法則の中でこの世に誕生し、生かされています。生命体のひとつひとつをとっても、宇宙法則の中に存在し生かされています。

 中でも人間は、自分の生きる意味を考えられるという素晴らしい能力を与えられています。人間には、「何のために生きるのか?」という根源の意識があり、それを求めて生きようとする本能があります。いわば、内なる神性、神の心ともいえる「本当の自分」に目覚めて、その意味を問うことを使命感として生きようとする――それが人間です。

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