医療・教育・宗教はいままでの正反対になる

すべての宗教を超えたところに真実の神は存在する

  教育においてはじめるべきことは、自分とは一体何なのかを、真摯に求めることです。自分が何者かがつかめれば、競争のための競争は無意味になってくるでしょう。
  たとえ成績がビリであろうと、そういう子にこそ埋もれた個性、素晴らしい感性、その子ならではの生きる意味、使命があるのです。個性とは持ち味です。人それぞれの持ち味を最大限生かす教育こそ、これからの意識の時代にふさわしい究極の教育のあり方です。

 そのためには、先生も子供たちに負けずに感性を豊かにしないといけません。人間としての痛みや歓び、悲しみ、感動する心を豊かに育むことが求められます。

 私は自分のやっていることと、いわゆる宗教を明確に分けています。宗教団体といわれるような教義や組織はありませんし、作るつもりもありません。また、布教活動などとは全く無縁ですし、既成の宗教とは画然と区別した真我開発講座を主宰しています。

 しかし、私は、宗教は否定しても、神を教えることには真剣に取り組んでいます。
  なぜなら、人間という存在はこの大宇宙、いわば神という存在に生かされているからです。宗教を超えたところに、神は厳然として存在しています。したがって、人間存在の根幹の部分を教えるのに、宗教は関係ないのです。

 地球は誰のものでしょうか。
  それはアメリカのものでも、国連のものでも、どこの国のものでもありません。人類のものという考えでさえ、まだまだ不遜といわれるくらいです。答えは、宇宙という次元に立たないと見えてこないものです。
  意識の時代とは、人間の浅い頭脳で考えるという限界を悟り、宇宙の根源に目覚めて、人類意識の次元上昇に向かうことでもあるのです。
  世の中を短期的に変えるには、政治家の力が必要です。
  世の中を長期的に変えるには、教育家の力が必要です。教育家というと何やら難しい存在のように聞こえますが、教育のあり方といってもいいと思います。教育のあり方こそが人間を変えていくのです。

 さらに根源的に変える力は、宗教によるものです。
  といっても、私がここでいう宗教とは、俗世的な既成の宗教団体をさすのでないことは、いうまでもありません。
  ここでいう宗教とは、いままでの狭い宗教の概念を超えた「命を生かすこと」であり、「宇宙次元の意識に目覚め、宇宙の中で生かされている自分の存在に目覚める」ということです。

 それは、何度もくり返しますが、本当の自分である真我に目覚めるということです。この根源をとらえない限り、宗教学者が何万人かかって宗教を学問的に究明しても、真理に到達できないと私は思っています。

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